知って驚き!世界最古のマーケットは日本だった!?

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仮想通貨を行うと必ず耳にする”マーケット”と聞いて関連する用語を思い浮かべると”ウォール街”という単語が絡んできます。その為マーケットの元祖はウォール街と思われがちですが実は世界で最初にできたマーケットは、日本だったのです。

米相場が世界初のマーケット

亨保15年(1730年)に江戸幕府からの公認を受け米相場は開始されました。もともと、公認される前は大阪の堂島という場所で米相場が行われていたため、実際のマーケットは1730年以前から行われていたと予想がされます。

実際に米を出し入れした取引は行わず、取引期間中に発生した米の価格を予想して先物を買う、又は売って損益を出していました。

山に登って相場を伝達していた

大阪で米の相場が決定されるわけですが、遠方に相場を伝える為に”山に登って旗をふる”方法を使っていたようです。非常に原始的な伝達方法ですが、情報スピードを重要視していた事は現代と変わらないようですね。

中には”伝書鳩”を飛ばして更に速く情報を伝えようとした人もいたらしく、情報の速さが価値を生み出す…という考えをしている方は当時からいたようですね。

借銀をしてまで相場に参入する人もいた

※古銭はイメージです

当時は”銀”が主流の通貨だった為、借金とは違う呼び名”借銀(しゃっぎん)”と呼ばれていました。

この”借銀”をしてまで米相場に参入するものも多く生活が苦しくなったという話もあります。

話が逸れますが、時は現代…仮想通貨でも同じように借金をして勝負をかける人もいるので、日本人に刻まれる血は争えないといったところでしょうか。

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ウォール街のマーケットは米相場の62年後に生まれた

日本で米相場が始まった1730年から62年後にニューヨーク証券取引所の元となるマーケットが生まれました。

ウォール街は町の名前に思いますが、実際は防護壁(wall)を形成していた木材を取引材料として扱っていた事から、ウォール街と呼ばれるようになりました。

このように、日本のマーケット歴はウォール街より約60年も先取りしていた歴史があるのです。

世界最古なのに、なぜマーケット=ウォール街なのか?

米相場は一度明治2年(1969年)に国から禁止されています。理由は取引が賭博に類するものと判断されたからです。つまり、米相場をギャンブル的に利用する人が多くなり健全な市場を形成できないと国が判断したという事です。

2年後に再び米相場取引が開始されますが、以前と同様には行かず、規制・緩和を繰り返して戦後まで米相場が続きましたが、米生産者との折り合いがつかず米相場は静かに幕を閉じるのでありました。

これは仮想通貨が規制される背景に非常に似ていますね。

ギャンブル好きという日本の国民性とも言えるマーケットに対する考え方が、日本がマーケットの先駆者となれなかった原因の1つと考える専門家もいるみたいです。

仮想通貨は歴史に学べ!我々は一度体験している

日本が世界最古のマーケットである事を誇りに思うと同時に、相場を賭博的に考えて禁止された背景をしっかりと噛みしめるべきです。

ギャンブル好きな血が受け継がれていたとしても、それは投資からは切り離さなければなりません。健全な市場の形成には、不確定要素はありません。

2018年9月。仮想通貨は窮地に立たされていると言っても良いでしょう。仮想通貨の発展には公平なマーケットの形成が必要不可欠です。

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取り扱う人間が悪しき方向に利用すれば、いくら技術が優れていても厳しく規制されるのは自明の理です。最古のマーケットを作り出した我々日本人が、仮想通貨を健全な市場となるよう引率して行こうではありませんか!!

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